キャンプ道具を減らすと余白が生まれる|道志の森で実感した「何もしないソロキャンプ」

この記事では、あえて「何もしない」ことを目的にしたソロキャンプの体験を紹介する。道具を減らし、時間の余白をつくることで、キャンプの過ごし方がどう変わるのか。道志の森での2泊3日から見えてきたことをまとめた。

ふいに訪れた「一人の時間」

秋の3連休、妻が所用で子供を連れて帰省することになり、家の中に静寂が訪れた。普段は息子との親子キャンプを楽しんでいる私だが、ふとソロキャンプに行きたいという衝動が芽生える。家族を置いて一人で遊びに行くのは気が引けるが、これは絶好のチャンスだ。

思い立ってハンドルを握り、国道413号、通称「道志みち」へと車を走らせた。目的地は、予約なしでふらりと受け入れてくれる懐の深い場所、「道志の森キャンプ場」だ。

道志みち・・思い出す三つの記憶

国道413号、通称「道志みち」は神奈川県の津久井湖の先から、山中湖に抜ける道である。この道を通ると思いだす三つの記憶がある。

一つは中学3年生、高校受験終了直後の春である。高校受験が終わった私は、念願だった自転車、ブリジストンの「ユーラシア」を手に入れた。当時東京の自宅から最初に行ったサイクリングが、この道志みちを経由して行ったヤビツ峠だ。ヤビツ峠の国民宿舎「丹沢ホーム」まで、一泊2日のサイクリングだった。

当時、道志みちからヤビツ峠に向かう道はダート(未舗装路)だった。ヤビツ峠に向かう上り坂を歩いた方が早いのではないかというようなゆっくりとしたスピードで登り切った。翌日一転して帰路は、峠から一気に駆け下りた。まさに「苦あれば楽あり」…あの爽快感は今も忘れない。

2つ目は20代、社会人になりSUZUKIのオフロードバイクSX200を手に入れた後、慣らし運転で道志道を通って山中湖へ、そのまま精進湖までエンジンの感触を確かめながらのツーリング。

そして、3つ目。車の助手席に長男を乗せて、初めての親子キャンプに訪れたのも、この道志の森だった。

ユーラシアのペダルを踏んだ15歳。SX200とエンジンの鼓動を刻んだ20代。そして、ステアリングを握る今。乗り物も、自分自身の立場も変わったけれど、フロントガラス越しに流れる『道志みち』の風景だけは、いつも変わらず私を迎え入れてくれる。

小さなテントひとつでタープは無し。引き算のソロキャンプ

今回のテーマは「読書と食事以外、何もしないこと」。日々の仕事では、常に段取りや判断を求められ、頭の中が休まる瞬間がほとんどない。だからこそ今回は、「何かをするためのキャンプ」ではなく、「何も足さない時間」を意識的につくることにした。そのため、装備も極限まで削ぎ落とした。

テントはバイクキャンプ時代からの相棒、モンベル・ムーンライト1型。天気予報は晴れ時々曇り。タープすら張らない、潔いスタイルだ。

あえてタープを省いたのは、雨の心配がなかったこともあるが、設営と撤収の「手間」を極限まで削るためでもある。荷物を最小限に絞り、設営を一瞬で終わらせることで、その分「何もしない時間」を少しでも長く確保したかったのだ。

小さなテントは、ただ「眠る」ための場所。それ以外の時間はすべて外で過ごす。視界を遮るものが少ない分、森の気配や空気の変化に自然と意識が向く。そのシンプルさが、一人の時間をより濃くしてくれるのだ。

深い杉林に囲まれた山間部のキャンプ場「道志の森キャンプ場」。砂利の広場に、鮮やかな黄緑色のモンベル・ムーンライト1型テントが設営されている。テントの前にはランタンが吊るされ、その奥には車が横付けされている。手前には焚き火台、チェア、テーブルが並べられ、ソロキャンプの準備が整っている様子。
道志の森キャンプ場にて。ムーンライト1型を張る。タープすら張らないこの潔いスタイルが心地いい。

発表から数十年が経っても色褪せないムーンライトのフォルムは、まさに『用の美』。無駄を削ぎ落とした結果として生まれたその姿は、今の軽量ギアと比較しても、どこか誇り高い美しさを放っている。

秋の道志は、日が落ちると一気に気温が下がる。日中は長袖一枚でも過ごせたのに、夜には息が白くなるほどの冷え込みだ。焚き火の前を離れると、すぐに指先の感覚が薄れていくような、そんな冷たさだった。

今回は長年愛用しているモンベルの3シーズン用シェラフに、小川テントの封筒型シュラフを重ねて「二重」にして眠ることにした。

ステーキとクレソン。道志の恵みを味わう

橋本のスーパーで奮発した上質なステーキ肉を焼く。愛用しているユニフレームのファイアグリルに網をセットし、その上でスキレットを熱する。

焚き火の炎で直接肉を焼くのは風情があるが、焦がしすぎるリスクも高い。厚手のスキレットを介することで熱が均一に伝わり、焚き火料理でも失敗しにくくなる。

熱したスキレットに肉を置いた瞬間、「ジュッ」という音とともに脂が弾ける。香ばしい煙が立ち上り、焚き火の匂いと混ざり合って食欲を強く刺激する。表面がこんがりと焼けていくにつれ、肉の甘い香りがふわりと広がる。シンプルに塩だけで十分だと思える瞬間だ。

そこへ道の駅どうしで手に入れた瑞々しいクレソンをたっぷりと添える。肉の脂をクレソンの爽やかな苦みが引き立てる。シンプルだが、これ以上の贅沢があるだろうか。

翌朝は一転して、穏やかな「静」の時間。コトコトと鳴るポトフの鍋を横目に、小説の世界に没頭する。ポトフにもクレソンを散らし、網で焼いた肉厚なシイタケを添えて、気ままな食事を楽しむ。

眠くなれば、そのままチェアの上でウトウト微睡(まどろ)む。誰に気兼ねすることもない、自分だけの時間。川音と焚き火の爆ぜる音だけが、今の私に必要なBGMだった。

冷えた空気の中で、焚き火の熱が頬に当たる感覚。薪がはぜるたびに漂うスモーキーな香り。その中でページをめくる時間は、日常では得られない深い静けさをもたらしてくれた。

「道志の森キャンプ場」での2泊3日ソロキャンプ、2日目の昼。鮮やかな黄緑色のモンベル・ムーンライト1型テントの横、木とテントの間に張られたロープに、青と緑のシュラフ(寝袋)が干されている。テントの前には、焚き火台、チェア、テーブルが並べられたままで、ソロキャンプの生活感がにじみ出ている。
2日目の昼下がり。小川テントの封筒型とモンベルの2枚重ねで使用したシュラフに風に当てる。

スモーキーな体を「道志の湯」で清めて

3日目。家族へのお土産に、道の駅で「クレソンそば」を買い求める。一人の時間を楽しませてもらった感謝の印だ。

帰路につく前に、お気に入りの「道志の湯」へ。焚き火の煙に包まれた体を温泉で流し、心身ともに「洗濯」を済ませてから自宅へと向かう。

「何もしない」ためにキャンプに行く。 それは、日々論理と手順に追われる仕事を持つ私にとって、最も必要な「余白」の時間なのかもしれない。

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