夜の海に入ると聞くと、不安を感じる人も多いかもしれない。実際、私も最初に海へ足を踏み入れた瞬間は少し緊張していた。
ところが、その夜に見た景色は30年以上経った今でも鮮明に思い出せる。
海の中から見上げた月。水面に揺れる光。そして海一面を覆う不思議な紫色の輝き。
この記事では、大学時代の海辺キャンプで体験したナイトシュノーケリングの思い出を振り返りながら、なぜあの景色が今でも忘れられないのか、なぜあの夜の景色が今も記憶に残っているのかを書いていきたい。
浜辺のカレーと波の音。ありふれた男友達との夏休み
高校時代はワンダーフォーゲル部で山に没頭していた私だが、大学時代は海の神秘に惹かれ、スキューバダイビング部へと入部した。
その夏、ダイビング部の仲間たちと海辺でキャンプをすることになり、砂浜にテントを張った。昼は海で遊び、夕方になれば焚き火を囲んでカレーを作る。今振り返ると、本当にありふれた学生らしい夏休みだったと思う。
焚き火の火が小さくなり、波の音だけが聞こえる時間になった。
「そろそろ行こうか。」
誰かが静かにそう声を掛けると、それまで談笑していた空気が少しだけ引き締まった。
このキャンプの目的の一つは、ナイトダイビング(ナイトシュノーケリング)だった。全員が酒は飲まず、装備も事前に準備している。ライトを確認し、マスクとフィンを身につけると、いよいよ月明かりだけが照らす海へ向かった。
昼間に何度も泳いだ海なのに、夜になるとまるで別の場所のように見える。
期待もあったが、それ以上に「夜の海はどんな世界なのだろう」という緊張感の方が大きかった。
暗闇に包まれた神秘と恐怖。水中ライトを手に踏み出す夜の海
月は出ていたものの、海の中は当然ながら暗い。ライトを向けた場所しか見えない。昼間なら気にならない距離の岩も、夜だと妙に大きく見える。海の広さも暗闇のせいで何倍にも感じられた。
そんな状況だからこそ重要になるのがバディシステムである。私たちは必ず二人一組で行動し、お互いのライトを確認できる範囲から離れないようにしていた。
今思うと、夜の海を楽しめた理由の半分は仲間の存在だった気がする。景色の美しさだけでなく、「一人ではなかった安心感」があったからこそ、恐怖より好奇心が勝ったのだろう。
しばらく泳いでいると、不思議な感覚が生まれてきた。耳に入るのは自分の呼吸音と水の流れる音だけ。陸の音は消え、本当に外の世界から切り離されたような感覚になる。
少し大げさかもしれないが、水に包まれていると妙な安心感があった。ひんやりしているのに落ち着く。静かなのに孤独ではない。
あの感覚を言葉で説明するのは難しいのだが、自然の中に自分が溶け込んでいくような時間だった。夜の海は刺激的というより、むしろ静かだった。
水底から見上げた月に息をのんだ
水深数メートルほどの場所で、私はふと思いついてライトを消した。すると周囲は一気に暗闇になる。
最初は少し怖かった。しかし顔を上げて水面を見ると、その感情はすぐに消えた。海面越しに見える月が、ゆらゆらと揺れていたのである。
波の少ない夜だったため、月の光は水面の下で不思議な模様を描いていた。私は魚を探すことも忘れ、その光景ばかり見ていた。そしてゆっくり浮上していく。
水面に近づくにつれて月の輪郭が少しずつはっきりしていき、最後に顔を出した瞬間、ぼやけていた月が一気に鮮明になった。
あの変化は今でも忘れられない。写真では絶対に伝わらない種類の美しさだった。
紫色に見えた海が今でも忘れられない
水面に顔を出したあと、周囲を見渡して思わず見入ってしまった。月明かりを受けた海が紫色に見えたのである。
青とも黒とも違う。言葉にしようとしても少し難しい色だった。もしかすると光の加減だったのかもしれない。
その日の海況や月の高さ、私自身の感情も影響していたのだろう。それでも、私の記憶の中では確かに「紫色の海」だった。
仲間たちもそれぞれ違う体験をしていた。魚を見つけて喜んでいる者もいれば、夜の海の静けさに感動している者もいる。同じ場所にいても、心に残るものは人によって違う。
それも自然体験の面白さなのだと思う。
あれから30年以上たった今でも、あの「紫色の海」と「ピントの合った月」は、私の心の奥底に大切にしまわれている。あの景色を見ることができた私は、本当に幸せなのだと思う。まぶたを閉じれば、あの羊水のような温かな海と、銀色の月光がいつでも私を包んでくれるのだから。
30年以上経って気づいたこと
長くキャンプを続けていると、便利な装備や快適なキャンプ場に目が向くことがある。もちろんそれも大切だ。
ただ、本当に記憶に残るのは予定表には書かれていない瞬間だったりする。
あの夜もそうだった。特別なイベントがあったわけではない。有名な観光地でもない。けれど、30年以上経った今でも鮮明に思い出せる。
私にとっては、あの月と紫色の海こそが旅の価値だったのだと思う。
もし自然の中へ出かける機会があるなら、予定を詰め込みすぎず、少し立ち止まる時間を作ってみてほしい。予想していなかった景色こそが、案外いちばん長く心に残るものなのだ。
夜の海で自分たちが気をつけていたこと
夜の海へ入ったとはいっても、何も考えずに飛び込んだわけではない。
あの夜は全員が酒を飲まず、事前に装備を準備してライトも確認していた。海へ入ってからは二人一組で行動し、お互いのライトを確認できる範囲から離れないようにしていた。
30年以上前の体験なので、当時のやり方を現在の安全対策としてそのまま勧めるつもりはない。ただ、あの夜のことを振り返ると、きれいな景色だけでなく、こうして仲間と声を掛け合いながら海に入ったことも記憶に残っている。
夜の海は美しい反面、油断できる場所ではない。30年以上経った今振り返っても、そのことは変わらないと思う。
こうした「一瞬の体験」が強く記憶に残る感覚は、他の旅でも共通している。北海道を自転車で巡った旅や、林道を走ったキャンプでも、似たような瞬間があった。


コメント