高校入学後、私は山への憧れを胸にワンダーフォーゲル部へ入部した。これは、右も左も分からぬまま、先輩に連れられて新宿の登山用品店で装備を買い揃えた時の、忘れられない思い出の記事です。
ICI石井スポーツ新宿西口店
今の西新宿を歩くと、ふと足が止まるビルがある。西新宿のIDSビルだ。 かつて石井スポーツが複数フロアを占めていたそのビルは、いまは居酒屋へと姿を変えている。しかし、当時と変わらないレンガの外装や、2階へと続く外階段を眺めると、一瞬で1982年のあの日へと引き戻される。
当時、先輩の後に続いて一段ずつ踏みしめたあの階段。その先にあったのは、私にとっての「山の聖地」だった。
嗅覚が覚えている「本物」の場所
1982年、新宿西口。ヨドバシカメラの喧騒が聞こえるその近くに、そのビルはあった。 店内に入ると、独特の静謐な熱気に包まれていたのを覚えている。
すでにキスリング(帆布製ザック)は姿を消し、フロアには色鮮やかなナイロン製ザックが並んでいたが、店内の空気は今も昔も変わらない、重厚な登山靴の革とワックスの匂いが充満していた。
そこで「三種の神器(ザック、靴、レインウェア)」を揃えろと先輩に叩き込まれ、緊張しながら道具を選んでいった。
「高嶺の花」のザックと、相棒たちの記憶
店内に並ぶミレーやカリマーのザックは、当時の私たちにはあまりに高嶺の花だった。選んだのは、質実剛健な「ICIオリジナル」。雨蓋にICI石井スポーツのロゴが縫い付けれれている。
レインウェアも、登場したばかりのゴアテックスには手が出ず、モンベルのハイパロン素材を選んだ。とにかく蒸れたが、それも今になってみればいい思い出だ。
登山靴は先輩おすすめの巣鴨「ゴロー」で買うことにしたので、そのほかの装備も選んでいく。
シェラフはモンベルのスリーシーズン・シェラフ。中綿はダウンではなく、「ダクロン」という中空繊維。嬉しくて、わざわざ自宅のベッドの上でシュラフを広げて寝た夜のことは、今も鮮明に覚えている。
胸ポケットに秘めた「覚悟」
石井スポーツの小物棚で選んだ、エバニューのホイッスルと、ウェンガー(Wenger)のナイフ「スーベニール」。 この二つを細引きで繋ぎ、首から下げて山シャツの左胸ポケットに収める。それが私の儀式だった。
「ホイッスルは遭難した時に吹くものだ。大声を出さなくても自分の存在を知らせることができる。そしてナイフは食事の準備だけでなく、万が一の時に身に着けておくことで、潰れたテントの生地を切り裂いて脱出するためだ。」
先輩から教わったその言葉は、初心者の私に山という世界の厳しさを教えてくれた。ポケットに感じるその冷たくて小さな塊は、いざという時に自分を救う「最後の切り札」だったのだ。
水筒も今のようなおしゃれなものはない。質実剛健なエバニューの2リットルの白いポリタンク!食器は同じくエバニューのアルミ製3点食器セット。大小の食器がスタックできるようになっていて、蓋がつく。この蓋は、皿にもなる。
この食器は個人用で、山行の際は、大きな鍋で作った料理(カレーや豚汁が多かった)を取り分けるのだ。
普段はこの食器セットの中に非常用の白い固形燃料「メタ」を忍ばせていた。非常時にはこのメタとアルミ食器で湯を沸かすことが出来るわけだ。食器の中に収まったメタのツンとした匂いは、常に最悪の事態を想定しておくという、山屋としての厳しい戒めのようでもあった。
ドイツパンのような、いとおしい相棒
石井スポーツで装備を固めた後、別の日には巣鴨の「ゴロー」へ向かった。手にしたのは、コストパフォーマンスが高い高校山岳部ご用達の重厚な一足、「エイティーン」だ。
店では入念に足のサイズを測り、ゆっくり長い時間試し履きをした後、当たるところがあれば大きな専用器具を靴の中に入れてグイグイと調整してくれた。「壊れないか」と不安になるほどの力技だったが、それほど丈夫に作られているのだと圧倒された。
ごつごつして重く、足を上げれば自重で振り子のように前へ出る。その大きなドイツパンのような風貌が、いとおしくて仕方がなかった。
一緒に買ったKIWIのミンクオイルと防水ワックス。指の体温で溶かしながら、硬い革にじっくりと刷り込んでいく時間は、自分を「山の男」へと変えていく大切な時間だった。
40年経っても変わらない「ワクワク」
あれから40年以上。道具は驚くほど進化し、今ではパソコンやスマホを使って指先一つで最新の装備が簡単に手に入る。しかし、IDSビルの外階段を登る時のあの鼓動や、初めて手にしたアルミ食器のカチャカチャという音、店の独特のにおいこそが、今の私のキャンプライフの根底に流れ続けている。

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