この記事は20代半ばでバイクを購入したのち、再び北海道にキャンプ旅行に行った記録である。
高校2年生の夏、ブリヂストンのランドナー(旅行用自転車)「ユーラシア」のペダルを必死に漕いで見た北海道の空を、私は一生忘れないだろう。それから約10年。社会人となり、自由になるお金と機動力を手に入れた私は、スズキのオフロードバイク「SX200」と共に、再び北の大地を目指していた。
東京・晴海埠頭から苫小牧へ向かうフェリーの甲板。フェリーのエンジンの微かな振動を感じながら、私は17歳の自分を追い越すための旅に出た。
装備の進化:借り物から「自分の城」へ
高校時代、私の装備は「借り物」ばかりだった。テントは先輩から借りた、さかいやオリジナルのドーム型。しかし、今回の相棒は違う。
自分の給料で手に入れた憧れのテント、モンベル・ムーンライト1型。「月明かりの下でも設営できる」という伝説通りの簡便さは、移動距離の長いバイク旅では何よりの味方だった。

コンロも進化した。箱型のオプティマス8Rが奏でる「ゴオー」という荒削りで主張の強い燃焼音に比べ、新しく手に入れた分離型のコールマン・ピークワン(デタッチャブル)の音は、どこかおとなしく、洗練された響きだった。
どちらも同じホワイトガソリンを食む道具だが、ピークワンの音には、旅を支える「道具としての成熟」を感じ、信頼を寄せたものだ。
また、寝床の快適性も格段に上がった。以前は安くて薄い銀マットだったが、今回はインフレーターマットを導入。小さく収納できるだけでなく、就寝時の「底冷え」や「背中の痛み」からの解放は、社会人になった自分への最高のご褒美のようだった。
変わらない相棒:シェラフ、ザック、ナイフ等
装備の多くが入れ替わる中で、あえて変えなかった「相棒」たちもいる。1982年に石井スポーツで買ったモンベルの3シーズンシュラフ、そしてナイフやザックは、高校時代から使い続けているものだ。
今回の旅でも、石井スポーツの大型山用ザックを現役で使用した。これをリアシートに横向きに縛り付けるのが私のスタイルだ。 こうしておけば、バイクの駐車場からキャンプサイトが離れていても、ザック一つを背負うだけで、一度に全ての荷物を運び込める。
雨天時の対策も、経験から学んだ工夫を施した。大型ザック用のレインカバーを2つ用意し、雨が降ればザックの背中側と外側から「二重」にかける。こうすることで、走行中の激しい雨からも、大切なシュラフや着替えを完璧に守ることができた。

自転車の荷台でも、SX200のシートでも、形を変えても一部の装備が昔と変わらず寄り添ってくれていることは、何より心強く、旅の安心感を与えてくれた。
オンネトーとカムイワッカ、道東以外の観光地
自転車では道東を回るのが精一杯だったが、バイクの機動力は世界を一気に広げてくれた。 キャンプをしながら北海道を旅行する場合、私は道東がやはり魅力的だと思う。高校時代の自転車旅では道東を中心に回ったが、今回、SX200という機動力は、私の行動範囲を劇的に変えてくれた。

苫小牧に降り立った後、襟裳岬を経て道東をじっくり回り、その後一気に西へ移動。札幌、ニセコ五色温泉、さらには小樽まで足を伸ばすことができたのだ。

特に行きたかったのはオンネトー湖だ。高校時代、国道241号から分岐する道が未舗装の登り坂だったのを見て、体力の限界から断念した苦い記憶がある。リベンジを果たしたその道は、今はきれいな舗装路に変わっていた。
また、知床へ先を急ぐあまり以前はカットした野付半島にも立ち寄ることができた。当時の自転車旅では、一度入ったら同じ道を戻らなければならない「ピストン行程」を無意識に避けていたのだと思う。バイクという翼を得て、私はようやく「行きたい場所へ行く」自由を手に入れた。

偶然が手繰り寄せた秘境:シュンクシタカラ湖
バイクの機動力は、予定外の行動を「冒険」に変えてくれた。 釧路のキャンプ場で知り合ったオフロードライダーから、地図には載っていないような湖の話を聞いた。「シュンクシタカラ湖という秘境があるぞ」と。

教えられた通りの道を辿り、鬱蒼とした林道を分け入った先にあったのは、観光地化されていない、手付かずの自然だった。

忘れられない然別峡かんの温泉、鹿の湯
温泉があればできるだけ行程に入れた。知床半島羅臼の熊の湯、カムイワッカの滝の温泉、屈斜路湖の和琴半島……どれも素晴らしかったが、特にお気に入りは、然別峡かんの温泉にある鹿の湯だ。
その夜、かんの温泉のキャンプサイトであるライダーと語り合った。彼はこの温泉が大好きで、「将来、ここにある一軒宿に新婚旅行で来るのが夢だ」と熱く語っていた。あれから35年。彼はあの時の夢を叶え、愛する人と共にあの湯に浸かることができただろうか。
旅の余白と、終わりの予感
道東を回った後は、札幌、ニセコ五色温泉、小樽を回った。小樽ではバイクを降りて長い時間をかけて小樽の街を歩き、かつての鉄道の記憶に触れた。バイクを降りた瞬間に流れる、静かな時間も好きだ。

帰りは苫小牧から大洗へのフェリー。遠ざかる北海道を眺めながら、私は自分の成長を噛み締めていた。

2026年の今、あの旅行を振り返ってみて
あれから長い年月が経ち、今の北海道の山々や林道は、当時とかなり変わっているだろう。2025年から2026年にかけてのヒグマの頻繁な出没、そしてその危険性を思えば、今の私にはSX200で知床半島を横断したり、シュンクシタカラ林道の奥深くへ分け入る勇気はないだろう。
あの時、あの瞬間にしか辿り着けなかった景色。 それは、35年前の私が手に入れた、一生ものの宝物だ。

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