キャンプの焚き火を囲みながら、息子と二人で静かに過ごした時間を綴る

「コーッ」と響くガソリンランタンと、薪のはぜる音に安堵を感じて

私のキャンプの原風景は、高校時代のワンゲル部まで遡る。当時は重い荷物を背負って秩父の山々を縦走し、自然の厳しさと向き合っていた。夏休みになれば、一人で自転車にキャンプ道具を積み込み、三週間かけて北海道を旅したこともある。

月日は流れ、結婚して家族ができ、父となった。しばらくキャンプから遠ざかっていた時期もあったが、今は成長した息子と二人で、焚き火を囲む時間を楽しんでいる。

食事を終えると、それまで調理用として炭を熾(おこ)していた焚き火台に、太い薪をくべる。ゆらゆらと炎が立ち上がり、本格的な焚き火が始まる合図だ。

傍らでは、ガソリンランタンが「コーッ」という静かで温かい燃焼音を立てている。薪がパチッとはぜる音と、ランタンの優しい音が重なり合い、私たちの周囲を柔らかな空気で包み込んでいく。

平日はビジネスマンとして、地域の企業と向き合いながら、論理的な思考や効率、成果といった「正解」を求められる緊張感の中に身を置いている。そんな日々を過ごしていると、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていることに気づく。

だからこそ、週末に息子と火を囲み、この不器用な燃焼音に耳を傾ける時間は、私にとって絶対に必要な「緩み」の時間なのだ。椅子に深く腰掛け、ただ火を眺める。そうすることで、強張っていた心が少しずつ解きほぐされていくのを感じる。

言葉はいらない。息子と焚き火を見つめた「ただ、そこにいる」だけの時間

今でこそ息子とは穏やかにキャンプを楽しんでいるが、彼が中学生だった頃、私たちは少し難しい時期を過ごしていた。息子が学校に行けなくなり、三年間ほど自宅で過ごしていた時期のことだ。

親として、焦りがなかったと言えば嘘になる。明日のこと、将来のこと、世間体のこと。いろんな思いが頭をよぎった。けれど、私は彼を無理に学校へ行かせようとはしなかった。ただ、「キャンプに行くなら、いつでも連れて行くよ」というスタンスだけは崩さないようにした。

車の中では、無理に会話を探すことはしない。設営中も、彼が手伝いたそうなら任せ、そうでなければ私が黙々とペグを打つ。夜になり、焚き火の爆ぜる音と、ガソリンランタンの燃焼音だけが響く空間で、私たちは並んで座った。

「どこにも行かなくても、お父さんの横に安心してたたずんでいていいんだよ。」言葉にすれば説教臭くなるその想いを、私は火の色に託していたように思う。何かを教えるわけでも、解決策を提示するわけでもない。ただ、同じ煙を浴び、同じ夜空を眺める。その「ただ、そこにいる」という肯定感こそが、当時の私たち親子にとっての大切な時間だった。

かつてテレビCMで流れていた「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」というフレーズ。あの頃の私は、その言葉を少し違う意味で捉えていたかもしれない。

決められた場所からはみ出しても、この火の熱さを感じ、自然の中で夜を越せる強さがあれば、きっとこの子は大丈夫だ。そんな祈るような気持ちで、真っ暗な山の中で息子と火を見つめていた。

キャンプ場の夜、月明かりと焚き火のそばで静かに過ごす親子の様子
息子と二人、焚き火を挟んで過ごしたキャンプの夜

失敗も、雨の撤収も。効率や正論を脇に置いて「今できること」を積み重ねる

キャンプは、思い通りにいかないことの連続だ。忘れられない失敗がある。新しいテントを導入して意気揚々とキャンプ場へ向かった時のことだ。

山の上のキャンプ場に到着し、いざ設営を終えてから、息子の着替えが入ったリュックを玄関に忘れてきたことに気づいた。一瞬、頭に血が上りそうになった。「なぜ自分の荷物を積んだか確認しなかったんだ」という言葉が喉まで出かかった。しかし、息子の顔を見ると、責めたところで事態は好転しないことがわかる。

私は「やれやれ」と苦笑いしながら、再び車を出し、麓のスーパーまで下着や服を買いに走った。平日の仕事なら「重大なミス」として厳しく反省するような場面だが、キャンプではそれすらも一つの思い出になる。

雨の中の撤収もそうだ。泥だらけになったシートを丸め、濡れたテントを車に押し込む。気持ちよく終われる状況ではないが、その「どうしようもなさ」を共有していると、不思議と息子との距離が縮まるのを感じた。

キャンプは、私から「父としての立場」や「正論」を剥ぎ取ってくれる。失敗しても、濡れても、腹が減っても、今できることを一つずつやるしかない。その泥臭い積み重ねが、平日の仕事で凝り固まった私の「ねばならない」という思考を、優しく解きほぐしてくれた。

成長した息子が選んだ道と、あの日の「たくましく育ってほしい」という願い

月日は流れ、息子は通信制の高校を卒業し、今はアウトドア用品を販売する会社でアルバイトとして働いている。ふと見つけてきた仕事だったが、彼はとても楽しそうに、そして自分の言葉でキャンプ道具を客に勧めている。

あの時期、私と一緒に焚き火を眺め、古いストーブの音を聞いていた時間は、彼の中にしっかりと根を張っていたのだ。私が教えたわけではない。ただ、一緒に時間を過ごした結果、彼が自分自身の力で見つけてきた道だ。

今の私は、あの頃の自分に「連れて行ってあげてよかったね」と言ってあげたい。キャンプの楽しさ、自然の厳しさ、そして、何も話さなくても通じ合える感覚を、彼は彼なりの形で受け取ってくれた。

59歳。もうすぐ還暦を迎える。今でも私は、高規格なキャンプ場よりも、トイレと炊事場さえあればいいような不自由な場所を選ぶ。電源もいらない、風呂もなくていい。ただ、帰りにふらりと立ち寄る日帰り温泉の温かさがあれば、それで十分だ。

今夜も、キャンプ場で明かりを灯す。かつては暗闇を照らすために必死に灯していたランタンの光も、今はただ、穏やかにそこにあるだけで十分だ。

静かに夜が更けていく中、パチパチとはぜる薪の音に耳を傾ける。かつて息子と見つめたあの火は、形を変えながら、今も私の中に温かな芯を残してくれている。

人生を楽しむということは、きっとこうした「静かな時間」を、一つひとつ丁寧に手繰り寄せていくことなのだと思う。揺れる火の色と、ランタンの優しい音。それらが明日を生きるための静かなエネルギーとなり、また新しい一日へと私を送り出してくれる。

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