【海辺の記憶】月夜の海に潜り、揺れる月を水底から見上げた夏の静寂

浜辺のカレーと波の音。ありふれた男友達との夏休み

大学時代の夏休み、男友達と数人で出かけた海辺のキャンプ。それは、砂浜にテントを張り、焚き火でカレーを作って食べるという、当時の若者にとっては何の変哲もない、ありふれたスタイルの旅だった。

昼間はぎらぎらと照りつける太陽の下、波打ち際で騒ぎ、日に焼けた肌を冷ましながら、仲間ととりとめもない話を交わす。夕食に作ったカレーを平らげ、焚き火の爆ぜる音を聞きながら過ごす時間は、大学生らしい自由を謳歌している実感に満ちていた。

しかし、その夜の本当のハイライトは、キャンプサイトの灯りが遠ざかった、静まり返った海辺の向こう側に待っていた。

暗闇に包まれた神秘と恐怖。水中ライトを手に踏み出す夜の海

お月様が空に高く、驚くほどきれいに輝いていた夜だった。波はほとんどなく、海面は鏡のように静まり返っている。私たちはマスクとシュノーケル、フィン、そして水中ライトを手に、夜の海へと足を踏み入れた。

最初は、昼間とは全く表情を変えた暗い海に、えも言われぬ怖さと緊張感を感じた。視界は水中ライトが照らす範囲だけ。しかし、バディを組んだ信頼できる仲間がそばにいるという安心感が、その恐怖を少しずつ神秘への好奇心へと変えてくれた。

海に深く体を沈めると、ひんやりとした水が全身を包み込む。水中で聞こえるのは、自分の「ゴボゴボ」という音だけ。その感覚は、どこか懐かしく、まるで母親の羊水の中に浸っているような、深い安心感に満ちていた。

大げさかもしれないが、人類の祖先がかつて海の生物だった頃の記憶を呼び起こすような、太古の進化の過程に触れるような、不思議な心地よさがそこにはあった。

水底から見上げるゆらゆら揺れる月。天国を予感した浮上の瞬間

水深5メートルほどまで潜り、ふと手に持っていた水中ライトを消してみた。その瞬間、世界は闇の静寂に支配された。

水中から水面を見上げると、海面越しに月が揺れていた。波がないため、水中に届く月光は散ることなく、海面の下でゆらゆらと形を変えながら、神秘的な紋様を描き出している。私はその美しさに、ただただ魅了されていた。

バディを組んだ友人は、岩陰で眠る魚を注意深く探していた。私は水面に浮かびながら、ライトの光が岩をなぞるのを上から眺めていたが、いざ自分の番になり深く潜ると、魚よりもその「光」そのものに没入していた。

ゆっくりと浮上を始める。水底でぼんやりと揺れていたお月様は、海面に近づくにつれて、だんだんとはっきりと形を成していく。

そして、水面を突き抜けた瞬間、それまでゆらゆらと滲んでいた月は、一瞬にして輪郭がくっきりとした、ピントの合ったお月様に変わった。それは、この世のものとは思えないほど鮮烈な「再会」だった。

紫に光る海とピントの合った月。あの景色を一生抱えて生きていく

顔を出して周りを見渡すと、そこには想像もしなかった絶景が広がっていた。 月明かりに照らされた海面は、黒でも青でもなく、深い「紫色」に光り輝いていた。何色とも名付けがたい、神秘的な紫の絨毯がどこまでも続いている。

「ここは、天国か?」

あの瞬間、私は間違いなく自分だけの世界に没入し、地球という星の美しさをそのまま全身で受け止めていた。

浜辺に戻ったとき、仲間たちの顔を見れば、それぞれが違った満足感に浸っているのが分かった。魚に驚いた者、夜の闇にスリルを感じた者。それぞれが違うものを見ても、あの静かな海に包まれた経験は共有されていた。

あれから30年以上たった今でも、あの「紫色の海」と「ピントの合った月」は、私の心の奥底に大切にしまわれている。あの景色を見ることができた私は、本当に幸せなのだと思う。まぶたを閉じれば、あの羊水のような温かな海と、銀色の月光がいつでも私を包んでくれるのだから。

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