通勤途中に寄り道してケガをしたら労災は使える?判断の考え方を解説

仕事の帰り道に、スーパーに立ち寄ったり、外でごはんを食べてから帰ったり。こういうことって、わりとよくありますよね。

そんな何気ない日常の中で、もし途中で転んでしまったり、思わぬ事故に遭ったら「これって労災になるんだろうか?」と、ふと気になったことはありませんか。

実は、通勤途中の“寄り道”については、その中身によって労災保険が使える場合と、使えない場合に分かれます。ほんの少し行動が違うだけで判断が変わることもあるので、知らないままだと「え、対象外なの?」ということも起こり得ます。

この記事では、法律上の「通勤」の考え方をベースに、寄り道をしていても通勤災害として認められるケースと、そうでないケースについて、できるだけ噛み砕いてお話しします。難しく考えず、肩の力を抜いて読んでみてください。

※この記事は、社会保険労務士としての実務経験をもとに、通勤途中の寄り道と労災保険の考え方について一般的な情報をまとめたものです。実際の労災認定は、個別の事情を踏まえて労働基準監督署が判断します。

通勤ってどこまでが「通勤」なの?

仕事に行くために家から会社へ向かう。あるいは、仕事が終わって会社から家に帰る。この往復のことを、一般的に「通勤」と呼びますよね。

そして、この通勤が合理的な経路で行われている限り、その途中でケガをした場合、たとえば、転んで骨折してしまったようなケースでも、原則として「通勤災害」と考えられ、労災保険の給付対象となり得ます。

労働者災害補償保険法では、「通勤」とは、「就業に関して、住居と就業の場所との間を、合理的な経路および方法で往復すること」と定義されています。

ここでポイントになるのが「合理的な経路」です。これは、「普通に考えて、その道を使うよね」と多くの人が納得するような経路のこと。実は、合理的な経路は1つに限られるわけではありません。

例えば、横浜から渋谷に通勤している場合でも、次のようないくつか選択肢が考えられますよね。

  • JR線を使う
  • 東急東横線を使う
  • 車で国道1号経由して行く
  • 高速道路を利用する

顧問先からよく受ける質問に、「会社に届け出ている通勤経路じゃない道でケガをした場合、労災は使えますか?」というものがあります。

これについては、会社に届けている経路でなくても問題ありません。たまたま別の道を使っていたとしても、それが常識的で合理的な経路であれば、通勤災害として認められる可能性があります。

合理的な経路で通勤していて、その途中でケガをした。この場合は、労災保険の対象になりえる、というわけです。

これはちょっと危ない?合理的な経路と認められにくいケース

一方で、次のようなケースでは「合理的な経路とは言えない」と判断される可能性が高くなります。

  • あきらかに遠回りしているケース
    渋滞や工事などの事情があるわけでもないのに、本来使うはずのルートから大きく外れて移動している場合です。
  • 理由が見当たらない、不自然な移動
    立ち入り禁止の場所を通ったり、普段は使わないような危険な近道を選んだり、人が渡ることを想定していない橋を渡るなど、どう考えても無理のある行動がこれに当たります。

こうした点については、「なぜその道を選んだのか」を説明できるかどうかが、判断の分かれ目になります。

「逸脱」と「中断」で通勤が終わることも

通勤の途中で取った行動によっては、「その時点で通勤とは言えません」と判断されてしまうケースがあります。実務の現場でもよく話題になるのが、「逸脱」や「中断」という考え方です。

まずは「逸脱」から

逸脱というのは、簡単に言うと通勤ルートそのものを外れてしまうことを指します。

たとえば、仕事帰りに映画を観ようと思って、家に向かう方向とは違うエリアへ向かったとします。この時点で、「今日はもう通勤は終わりですね」と考えられるわけです。

映画が終わってから、改めて家に向かったとしても、残念ながら「通勤が再開した」とは、原則として考えられていません。

そのため、映画館へ向かっている途中や、映画が終わったあとに起きたケガについては、労災保険の対象外と判断される可能性が高いとされています。

次に「中断」です

一方の中断は、通勤ルート上にはいるけれど、通勤とは関係ない行動を挟むケースです。

分かりやすい例が、帰宅途中にお店へ立ち寄ってお酒を飲む場合です。飲酒は通勤とは直接関係のない行為なので、その時点で「通勤はいったん中断された」と判断されます。

しかも注意が必要なのは、お店にいる間だけでなく、飲んだあとに家へ向かう途中で起きたケガについても、通勤災害とは認められにくくなる点です。

「もう一度歩き出したから通勤に戻った」という扱いには、基本的にはならない、ということですね。

例外として認められる行為

もっとも、寄り道をしたからといって、すべてが問題になるわけではありません。ごく短時間で終わる行動であれば、通勤がそのまま続いていると判断されることもあります。

たとえば、途中でトイレを利用したり、駅の売店で飲み物を買ったりする程度であれば、日常生活の延長と考えられ、通常は「逸脱」や「中断」には当たりません。

日常生活上必要な行為とその後の復帰

もう一つ、例外として知っておいていただきたいのが、「日常生活に欠かせない行動」です。通勤の途中であっても、毎日の生活を送るうえでどうしても必要な行動については、例外的に認められることがあります。

労働者災害補償保険法施行規則では、日常生活上必要な行為の例として、次のようなケースが挙げられています。

  • 帰途で惣菜等を購入する場合
  • 独身者・単身赴任者が食堂に食事に立ち寄る場合
  • クリーニング店に立ち寄る場合
  • 理美容院に立ち寄る場合
  • 入院している同居の家族の洗濯物を取りに病院に立ち寄る場合

いずれも、日々の生活を無理なく続けていくために必要な行動だと考えられています。

そのため、こうした買い物や散髪をしている最中に起きたケガそのものは、労災の対象にはなりません。ただし、用事を終えて、いつもの帰宅ルートに戻ったあとであれば、「通勤が再開された」と判断されることがあります。

もっとも、どのような行為だったのか、どれくらい時間がかかったのか、どの程度経路から外れていたのかによって、判断が分かれる点には注意が必要です。

一日の仕事を終えて、帰りに映画を観たり、飲みに行ったりするのは楽しいものですよね。
ただ、こうした寄り道は日常生活に欠かせない行動とは言えず、労災保険の対象外と判断されることが多くなります。思わぬケガにつながらないよう、気をつけていただければと思います。。

まとめ

  • 合理的な経路であれば、一般的に会社への届出ルート以外でも通勤災害となり得る。
  • 映画鑑賞や飲酒などの個人的な寄り道(逸脱・中断)をすると、その後の帰路も労災対象外になる可能性が高い。
  • トイレや水分補給などの些細な行為は、逸脱や中断とはみなされない。
  • 食料品の買い出しや理髪など日常生活に不可欠な行為であれば、経路復帰後の怪我は労災が使える可能性がある。

仕事帰りのちょっとした楽しみも大切ですが、万が一の怪我を考えると、寄り道の「内容」が労災の明暗を分けます。日々の買い物と、一杯飲んで帰る途中とでは扱いが違うという点は、しっかり覚えておきたいですね。

自分の身を守る意味でも、このルールの違いを意識して生活してみてください。今回の話が、皆さんの安全な通勤と適切な労務管理のヒントになれば嬉しいです。

【執筆】イタル(社会保険労務士) 開業して14年の社会保険労務士。 地域の中小企業を中心に地域密着で顧問活動をしています。

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