【20代のバイクキャンプ旅】200ccのバイクで林道を走り、土の匂いの中で自分を肯定した日々

アスファルトが途切れる瞬間。粘り強い4ストロークの鼓動と土の匂い

都会の喧騒を抜け出し、幹線道路を北へ、あるいは西へと走らせる。20代の私が跨っていたのは、200ccの小さなオフロードバイクだった。高速道路を飛ばすには少し心許ない排気量だが、キャンプ道具を括り付け、道なき道へ踏み出すにはこれ以上ない相棒だった。

目的地が近づき、綺麗に舗装されたアスファルトが唐突に途切れる。その先の未舗装路(ダート)へタイヤを滑り込ませた瞬間、世界の色と匂いが一変する。都会の排気ガスやアスファルトが焼ける匂いは消え、代わりに、湿った土の匂いや草いきれが、ヘルメットの隙間から入り込んでくる。

200ccの4ストロークエンジンは、決して華やかではないが、ドコドコと粘り強く回り続ける。エンジンの振動がステップを通じて太ももに伝わり、自分の体の延長線上に機械があるような感覚。

アクセルを微かに開けるたび、後輪が土を蹴り、景色がゆっくりと後ろへ流れていく。その一歩一歩が、私を日常という縛りから解き放ってくれた。

暴れるハンドルを抑え込む。何者でもなかった自分に宿った小さな自信

林道は常に平坦ではない。突き出た岩や深い轍、ぬかるんだ泥が行く手を阻む。そんな時、私はステップの上に立ち上がり、全身でバランスを取りながら暴れるハンドルを必死に抑え込む。不規則な衝撃が手首を伝い、肩から背中へと抜けていく。

当時の私は、自分が何者であるかもわからず、将来に対して漠然とした不安を抱えていた。社会の中で自分の立ち位置が見つからず、どこか自信を持てずにいた時期だ。

しかし、この悪路の上では、そんな悩みは意味をなさない。目の前の障害をどう越えるか、どうやってタイヤを滑らせずに進むか。その一点に全神経を集中させる。

ハンドルを抑え込み、難所を一つ越えるたびに、胸の中に小さな灯がともるような感覚があった。「自分の力で、この道を切り拓いている」という確かな実感。それは、誰にも邪魔されない自分だけの成功体験だった。

一歩ずつでも進めているという事実は、未来への不安を一時的にかき消し、私の中に「自分はここで生きている」という自己肯定感を、静かに、しかし力強く刻み込んでくれた。

夕日の海沿いと開けた視界。テレビ画面のような車窓にはない「生」の自由

今の私は、快適な車にキャンプ道具を積み込み、冷暖房の効いた空間で目的地を目指す。それは安全で、極めて効率的な移動だ。しかし、時折ふと思うことがある。車の窓から見る景色は、あまりに完成されすぎていて、まるでテレビの画面を見ているような、どこか遠い世界の出来事に感じてしまうのだ。

あの頃、剥き出しの体で風に晒されていた時間は、全く違った。海沿いの道を走っているとき、沈む夕日が視界をオレンジ色に染め上げる。林道を抜け、急に視界が開けて連なる山々が目に飛び込んでくる。その瞬間、私は景色を「見て」いるのではなく、景色の中に「溶け込んで」いた。

風の冷たさ、空気の湿り気、遮るもののない圧倒的な眩しさ。守ってくれるガラスも鉄板もないからこそ、私は地球の丸さや自然の大きさを、肌の表面で直接受け止めていた。

その「自由」には、限りなく透明に近い済んだ色があった。周りの空気がどこまでも広がっていくような、あの開放感。危うさと隣り合わせだったからこそ、一瞬の光り輝く景色が、魂を震わせるほどの価値を持っていた。

冷静な判断と静寂。エンジンを止めた後に残る心地よい孤独

旅の途中で道に迷うことも、日が暮れて心細くなることもあった。しかし、当時の私はそこで闇雲にアクセルを開けることはしなかった。一度バイクを停め、冷静に地図を広げる。周囲に誰もいない山の中で、事故を起こせば致命的であることを理解していた。

「無事に帰ること、他人に迷惑をかけないこと」それは、自分以外の人を思いやる大人の対応だと、どこかで自分を律していた。不自由を楽しんではいたが、蛮勇を振るいたかったわけではない。その冷静さが、今の仕事に対するスタンスにも、どこか通じているのかもしれない。

バイクを停め、エンジンを切った瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。耳の奥に残る「ドッドッドッ」というエンジンの残響が、ゆっくりと周囲の静寂に吸い込まれていく。ヘルメットを脱ぎ、一人で夕日を眺める。そこには、寂しさよりも深い「心地よい孤独」があった。

誰にも頼らず、自分の足で立ち、自分の選んだ道で、今日という日を終える。その沈黙の中で味わう時間は、忙しない今の日常では決して得られない、純度の高い自由そのものだった。空が藍色に沈んでいく中、私はただ、次に火を熾す準備を始めるために、ゆっくりと立ち上がった。

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