【家族の旅】譲り受けた中古の大型テントと、息子とはしゃいだ初めてのファミリーキャンプ

自動車と大きな道具。一人で完結していた旅が「家族」へ変わった日

結婚し、33歳で父になった私は、しばらくの間キャンプという趣味から遠ざかっていた。かつての私は、200ccのバイクに最小限の道具を括り付け、その日暮らしのような野営を繰り返していた。しかし、長男が5歳になった頃、ふと思い立った。「この子に、あの自然の中での時間を体験させてやりたい」と。

今回の旅は、長男と私の二人きり。生まれたばかりの次男を自宅で守る妻には、少し申し訳ない気持ちもあったが、まずは長男に「父との時間」をプレゼントしたかったのだ。

友人から「もう使わないから」と譲り受けたのは、かつての私なら想像もつかないような巨大な道具たちだった。4人用のテントに大型のタープ、厚手のテントマット。それらを自動車のラゲッジルームに積み込むと、あんなに広かったはずの車内があっという間に埋まった。

バックミラーに映る山積みの荷物を眺めながら、私は機動力重視だった独身時代の自分と、守るべきものが増えた今の自分とのギャップを、静かに噛み締めていた。

設営に手惑う父と、はしゃぐ5歳の息子。思い通りにいかない時間の愛おしさ

キャンプ場に到着し、いざテントを広げてみると、その大きさと重さに圧倒された。一人用のテントなら数分で終わる設営が、4人用ともなるとそうはいかない。ポールの向きはどちらか、幕体の重なりはどうなっているのか。慣れない巨大な布を前に、私は一人で四苦八苦していた。

何より想定外だったのは、5歳の長男の存在だ。彼は設営を手伝うどころか、広げたテントの上を走り回り、ペグを打とうとすればハンマーに興味を示して邪魔をする。一向に進まない作業に、私の心には焦りが募り、つい「ちょっと向こうで遊んでいてくれ」と言いそうになった。

しかし、その瞬間、長男の屈託のない笑顔が目に入った。そもそも、何のためのキャンプなのか。完璧な寝床を素早く作ることが目的ではない。この子が、この場所で笑って過ごせれば、それだけで十分ではないか。

そう思った瞬間、肩の力がふっと抜けた。「まあ、いいか。ゆっくりやろう。」思うようにいかない状況そのものを、息子と一緒に楽しむ余裕が生まれた瞬間だった。

秋の寒空に消えそうな灯り。不便だったからこそ交わした小さな約束

その夜、私は自分の経験不足を痛感することになった。 「ヘッドランプがあれば十分」というかつての野営スタイルから脱却すべく、出発前に小型のガスランタンを買い足していた。

しかし、秋の山の夜は想像以上に冷え込んだ。ガスカートリッジが冷やされ、火力がみるみる弱まっていく。テーブルの上を照らすはずの光は、頼りなく小さく震えるばかりだった。

ふと周りを見渡すと、他のサイトからはガソリンランタンの力強く安定した明かりが漏れ、賑やかな声が響いている。一方、わが家の食卓は薄暗く、寒さに縮こまるような状況だ。一瞬、父としての不甲斐なさが胸をよぎった。

救いだったのは、バイク旅の頃から使い続けているガソリンストーブ「ピークワン」の存在だった。シュシュシュと予熱を終え、力強い「ゴーッ」という燃焼音を響かせると、そこだけが確かな熱源となった。私たちは暗がりのなか、ピークワンで温めた熱いシチューをふうふうと言いながら頬張った。

「ごめんな。ちょっと暗いね。次はもっと明るいランタンを買ってくるから、また来ような」

そう約束すると、長男は「うん!」と元気に頷いた。 暗くて寒い夜だったからこそ、お互いの顔を寄せ合うようにして食べたシチューの味と、ピークワンの頼もしい音は、何年経っても色褪せない確かな感触として私の心に残っている。

自分が満足する場所から、息子が笑う場所へ。道具とともに変わった心の形

その後、私はすぐにガソリンランタンを手に入れた。大きなキャンプ用テーブルも、使い勝手の良いサイズのものに買い替えた。道具が変わるたびに、キャンプの質は向上し、快適さは増していった。

けれど、あの日、譲り受けた古い道具に振り回されながら過ごした時間は、私にとって最も大切な教訓をくれた。キャンプとは、自分が満足する場所を作ることではなく、誰かを幸せにするための時間を共有すること。そのために汗をかき、工夫を凝らすことの充足感を、私は初めて知ったのだ。

かつて父が私を連れ出してくれた時の背中を、今の私は長男に見せられているだろうか。 重いテントをたたみ、車に積み込みながら、私は少しだけ成長したような誇らしさを感じていた。帰り道の車内、助手席で泥のように眠る息子の寝顔を眺めながら、私は心の中で「次はあそこへ行こう」と、新しい計画を立て始めていた。

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