年俸制を取り入れている会社では、残業代の扱いを間違えてしまうケースが時々あります。特に、年俸の総額は変わっていないのに、支給の仕方だけ変えたことで残業代の計算がズレてしまうというのは、実務でよく見かける誤りのひとつです。
この記事では、14年にわたり中小企業の労務管理に携わってきた社会保険労務士が、実務でよく起きる誤解と事例を交えて解説します。
年俸制の基本から、よくある勘違い、そして正しい残業代の計算方法まで、順を追ってわかりやすく説明していきます。労務管理を見直すときの参考にしていただけたら嬉しいです。
※なお、本記事は一般的な知識を提供するものであり、個別の法律相談や法的アドバイスではありません。個別のケースについては必ず専門家にご相談ください。情報は公開日時点のものになります。
年俸制とは? 導入時の2つの注意点
まず「年俸制ってそもそも何?」という話からですが、年俸制とは、その名の通り“1年分の給与額をあらかじめ決めておく”という給与の仕組みです。
一般的に多いのは、毎月の給与額を決まっている「月給制」だと思いますが、年俸制を採用している会社も少数ながら存在しています。
そして、この年俸制を導入するときには、押さえておきたい注意点が2つあります。ここから順に見ていきましょう。
年俸制であっても残業代が必要となるケースが多い
「年俸制なら残業代は不要では?」といった誤解が生じることがありますが、実は、一般的な雇用契約では“年俸制かどうか”と“残業代を払うかどうか”は別の話なんです。
年俸制だから残業代は必要ないでしょうという風に考えておられる方いらっしゃいますが、プロスポーツ選手などの契約形態などと同じだと勘違いしてしまって、年俸制なら残業代は関係ないという風に誤解につながってしまうことがあるようです。
なお、労基法第41条で定める管理監督者(経営者と一体的な立場にある者)や裁量労働制に該当する場合は、時間外労働に対する残業代(割増賃金)が不要となります。これらは年俸制とは独立した、別の要件です。
年俸総額をまとめて支給することは、一般に認められていない
もう一つの注意点は、1年分をまとめて支給する方法は、労働基準法の「毎月払いの原則」に適合しない場合があるということです。
年俸額を決めたうえで「1回にまとめて全額を支給し、その後は支払わない」という方法は、労働基準法が定める「毎月1回以上の支払いの原則」(労基法24条)に抵触して法令違反と判断される可能性があるんですね。
ですから、年俸制採用してその総額を決めたとしても、一般的にはそれを12分割して月々払う、こういった運用が多いかと思います。
年俸制における残業代計算の考え方
それでは、今回の主題の残業代の計算方法について、具体例を見ながら確認していきましょう。一例として仮に年俸720万円で、1か月あたりの平均労働時間が170時間の方がいらっしゃったとします。そして、ある月の残業時間は20時間であったと仮定します。
(※以下の数値はすべて仮定の例です。この計算は、あくまで年俸に基本給以外の諸手当が含まれていない場合等の一般的な考え方です。実際の計算は、就業規則・労働契約・給与体系により異なります。必ず所属企業の制度をご確認ください。)
この例で、2つのケースについてこの20時間の残業計算が、どういう風になるのかを見ていきたいと思います。
ケース1:年俸を12分割して月々支給する場合
例えば、年俸720万円を12分割し月額60万円。これをもとにすると、月の給与はこんな感じになります。
計算式はこうなります。
60万円の部分を月平均所定労働時間の170時間で割り、割増率1.25をかけてその20時間分で残業代を出します。このケースでは、比較的シンプルな計算方法となります。
ケース2:年俸を16分割し、一部(4/16)を賞与として支給する場合
問題なのは、次のケース2の方です。このやり方もよく見られるんですけども、年俸額を16で割って、その1/16の額(45万円)を月々支給していき、残りの4/16は2/16ずつ90万円を夏と冬に賞与として支給するパターンです。
結論からお伝えすると、16分割方式であっても年俸総額が事前に確定しているケースでは、残業代の計算に用いる基礎額が変わらないのが一般的な考え方です。
しかし、よく見かけるのは以下のように行ってしまうケースです。
上記のように月額45万円を基礎に計算してしまうケースも見かけますが、これは一般的なやり方とは違ってきます。
この場合でも基本給は年間720万円として扱われると考えるのが一般的です。年俸総額が変わらない以上、残業代の基礎額が異なるのは実務では誤解が生じることがあるため、注意が必要とされています。
年俸720万円が確定しているのであれば、年俸を12分割したときの「60万円」を基本賃金として扱い、分割方法が12でも16でも、実質的な基本給が変わらないと考えるわけですね。
そのため、下記のように残業代もケース1と同じ計算になります。
まとめ
年俸制を正しく運用するために、最低限おさえておきたいポイントをざっと整理すると、こんな感じになります。
つまり、年俸制だからといって残業代が不要になるわけでもありませんし、賞与の金額をいじって残業代を安く抑えるための仕組みでもありません。まずは正しい考え方を理解したうえで、適切に運用していくことがとても大事です。
今回は、そんな年俸制における残業代の計算方法についてお話ししてきました。これからの労務管理のヒントとして、少しでも役に立てば嬉しいです。
【執筆者】イタル(社会保険労務士)
社労士開業歴14年目。地域の中小企業の手続き業務、労務管理、相談業務に多数携わる。本ブログでは、実務経験に基づいた一般的な労務知識をわかりやすく解説しています。
※参考条文
・労働基準法24条(賃金支払の原則)・労働基準法41条(管理監督者等)・労働基準法37条(割増賃金)

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